風の強い日だった。
-----窓の外を見ると、そこに一人の男がいたのだ。男は何をするでもなく、ぽつんと由愛の家の前で立ち止まっていた。誰かを待っているように。昨今問題になっているストーカーかと思えるぐらい、その行動は不自然だった。
そして...彼の瞳と自分の瞳が...確かに合った---と思ったその時、ふっ...と突然、目に映る光景が変わる。
「なに...?」
つぶやいたその瞬間、言いようもない熱い感情がこみ上げてくる...
『キミ ハ ソコニ イルベキ ジャ ナイ...』
頭に響く低い声。
見知らぬようで、でも懐かしい------
『サア...』
差し伸べられる手。
【私はアナタを知っている-------?】
我に返ったときにはもう、そこに彼の姿はなかった。
「え...?」
由愛は自分の頬に一筋の涙が流れているのに驚く。
「なに...今の...何なの?----私...泣いてる...?どうして?」
その問いは、風の音にかき消された。
* * * * *
冬休みに入り、由愛は実家に帰ってくつろいでいたが、あの、先日会った男のことが頭から離れなかった。
そんなもやもやを振り切るように、いつものお気に入りの場所である家から数分の公園に向かって歩いているところだった。
「あれ?」
歩いているうちに、由愛は妙な違和感を感じて立ち止まった。
由愛はいつもと同じ、慣れた道を歩いているはずだった。いくら1年に数回しか帰らないとはいえ、何年も使ってきた道を間違えるはずがない...。
なのに、何かが変なのだ。
何度も同じところを回っているような気がするのだ。
そして、それは単なる由愛の思い過ごしではなかった。
違和感。
警告。
ぐにゃり。
---視界がゆがんだ。
本能的に目をつぶり、次に目を開けたときには...。
由愛は自分の目を疑わずにはいられなかった。
そこは、中世ヨーロッパ風の...というよりはギリシア神殿に近い造りの建物の中だったのだ...。天井の高さと荘厳な装飾に圧倒される。
「な......なん...」
気が動転して何がなんだかわからなくなっている由愛の前に、一人の女性が姿を現した。
「お待ちしておりました。奥様。」
うやうやしく由愛の前に頭をたれる。その女性もやはり中世ヨーロッパかはたまたギリシア神話に出てくるような裾の長い衣装をまとっていた。
"奥様!?"
頭が上手く回らない。言っていることの意味が全く掴めないのだ。何しろ自分は今まで家の近くを散歩していたのではなかったか...!?それが一転してこうだ。しかも普通の高校生の自分にこの人は"奥様"などと言う...
「な、なんかの間違いじゃ...ないですか?あたし、誰とも結婚して、ないし......」
今問題にすべきはそんなことではないはずなのに、由愛にはそんなことしか言えなかった。
そんな由愛に目の前の女性は声高らかに笑ってみせる。
「やはり...あなたはお忘れでいらっしゃいますのね...」
口元に笑みを残しつつ、女性は答える。
「......あなたは、だれ......?」
由愛は呆然として聞き返す。一体何を自分は忘れているというのか。
「そうですわね...。この場合、私が名のるのが筋ですわね...。」
妙に納得したように女性がにやりと笑う。
由愛はさっきから、生理的にこの女性に何かイヤなものを感じていた。好きとか嫌いとか...そんなものじゃ片付かない何かが...。
「私の名前はキエラ。あなたの前世でのお世話役、とでも申しましょうか?」
「前世......??」
由愛は繰り返した。小説とか漫画ではよく読んだ話。
話としては面白くていいけれど、でもそんな話現実には考えられないと思っていた。だから...今そんなことを言われても信じられるわけがなかった。
「何言ってるの?頭おかしいんじゃない...?」
懸命にそれだけ言葉をつむいだ。
そんな由愛のなけなしの努力もたいしたことではないというように、この女性---キエラは一蹴した。
「そう思いたくなる気持ちもわかりますわ...でも、これが現実。あなたは今全ての前世の記憶を失っている...。」
そこでキエラは一呼吸置いた。由愛の目をまっすぐ見据える---。
「でも、あなたにはどんなことをしても思い出してもらわなければなりません。わが君、レスマドリアンさまのために」
そう、女が口にした途端、由愛は宙に浮いていた。

